Ads by Google
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- --:--
放火(日記長いです)
大阪で放火があって、15人の方が亡くなられましたね。
亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。
実は2週間前にうちの4軒隣のMSの半地下駐車場で
置いてあったベビーカーと自転車への放火事件があったんです。
夕方です。
犯人らしき人を目撃した人は 中学生くらいの子とのこと。
私自身も中1の時にもらい火で家が火事になり、
着のみ着のまま、追い出されました。
その時、私一人ではじめての中学の中間テストのため、
居間で勉強をしていました。
テレビをつけながら(笑)
うちに火が燃え移った時、近所の幼なじみの子が
絶対に私は家にいるばす!と思って、大人に連絡をしてくれ、
その大人の方がピンポンを鳴らしてくれました。
玄関ドアにチェーンをして対応したのですが、
幼なじみが「家、火事だよ!!!燃えてるよ!!」と叫び、
そういう時って 焦るから、いつもは簡単にできることが
できないんです。
ドアチェーンをなかなか外せない。
彼女が私にそう言ってくれたときには すでに
その火元側の私の部屋が燃えていて、屋根伝いに
火が走っている時でした。
母の出先は知っていたので慌てて母の元に自転車を
走らせて、「お母さん!!家が燃えてる!!!」と
伝えました。
母は慌てて走って家に向かいました。
私は乗ってきた自転車に乗って帰ろうとしたのですが、
母に伝えたことで緊張の糸が切れ、ぶるぶる震えて
とても自転車に乗れません。
そこに自転車を置き、母の後を追いかけて走りました。
母と私が家についた頃には家は火に包まれて、
母が一番最初にやじ馬で集まっていた人たちに言ったことは
家の中に鳥が何羽もいる!助けて!!
外につながれている犬も助けて!!
今、こうやって振り返ると、母は なによりも
命あるものを大切にしようとしたんですね・・・。
私は違う幼なじみのところに行かされました。
そこから見る光景は 我が家から空に向かう
火柱です。
なんともいえない気持ちで火柱を見つめていました。
私たちの家が焼けていくのです。
思い出と共に・・・。
母は半狂乱になって泣き叫びました。
私の家が燃えていく・・・・。
火事にあったのは 確か18時頃。
父は調理師の免許を取るために会社帰り、家から少し離れた
調理師の学校に通っていました。
何台も消防車が通るので、みんなで窓から燃えている様子を見て、
うちの側だと感じたと父が言っていたことまで私の記憶にあります。
父が燃えている最中に現場に来たのか、来てないのか・・・
今、私の記憶にありません。
我が家は現場検証で半焼であると判断がくだされましたが、
無事に残ったのは一室のみ。
そして、出火元の特定はできたものの、賠償できるだけの
能力がないということで、行政からの手助けはありません。
父がかけていた火災保険も半焼ということで
とるに足らない金額でした。
焼け残ったものは すべて焦げ臭い匂いがついていて
使い物になりません。
私の教科書、制服もすべて焼けました。
でも、あの当時、人の優しさ、思いやりが残っていた
時代です。
何日も家のない私たちを泊まらせてくれたお宅が
あります。
中学校では 教科書など、いらなくなった方から
寄付のお声かけをしていただきました。
制服は どうだったんだろう?
46年も生きていると、忘れちゃう部分も多いね(笑)
多分、町内会?からも、当面 大変だろうからと
寄付をいただきました。
でも、それが私たち家族の転機であったのも事実です。
父が奮起して、しばらくして家を買いました。
引越してからも色々と家族の問題は起きました。
その時は 家族が皆それぞれに生きることに
必死だったのだと感じます。
私は引越してから 何度も死にたい病にかかりました。
拒食症にもなりました。
でも、今、こうやって生きていれるのは 私と
結婚を決意してくれた夫のおかげであり、
息子の存在です。
もちろん、両親のおかげてもあります。
そして、タマラのおかげです。
愛する家族、愛してもらっている家族がいても、
私の死にたい病は 本当は ずっとずっと私の心の
奥底で大きく大きく広がっていました。
多分、死にたいは 生きたい!の裏返しだったと
思います。
生きること、あきらめないでください。
苦しいこともあるけれど、生きること、あきらめないで。
10/25(土)、タマラ・ヒーリングの創始者である
加藤憲子さんの「生き方講座」の講演会があります。
詳細が決定次第、日記でご紹介します。
テーマは「変わりたい人へ」です。
たくさんの方々に聞いていだきたたいと願っています。
自分が変わることにより、周りが変わります。
これは 私の実感です。
自分が変わることは とっても苦しいです。
私は 最初、相手が変わらないのに なんで
こんなに苦しい思いをして、自分が変わらなきゃいけないんだ?と
思いました。
それでも、師の言葉を信じました。
「あなたが変わることが家族の幸せに繋がる。」
私は、まだまだですが、それでも前の私より
幸せを感じる時間が多くなりました。
自分が変わらなければ 何も始まらないんですね。
ブログランキングに参加しています。
よかったらポチッと応援をお願いします。
モバイルには対応していません。
携帯からブログを見てくださる方、
いつもありがとうございます。

亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。
実は2週間前にうちの4軒隣のMSの半地下駐車場で
置いてあったベビーカーと自転車への放火事件があったんです。
夕方です。
犯人らしき人を目撃した人は 中学生くらいの子とのこと。
私自身も中1の時にもらい火で家が火事になり、
着のみ着のまま、追い出されました。
その時、私一人ではじめての中学の中間テストのため、
居間で勉強をしていました。
テレビをつけながら(笑)
うちに火が燃え移った時、近所の幼なじみの子が
絶対に私は家にいるばす!と思って、大人に連絡をしてくれ、
その大人の方がピンポンを鳴らしてくれました。
玄関ドアにチェーンをして対応したのですが、
幼なじみが「家、火事だよ!!!燃えてるよ!!」と叫び、
そういう時って 焦るから、いつもは簡単にできることが
できないんです。
ドアチェーンをなかなか外せない。
彼女が私にそう言ってくれたときには すでに
その火元側の私の部屋が燃えていて、屋根伝いに
火が走っている時でした。
母の出先は知っていたので慌てて母の元に自転車を
走らせて、「お母さん!!家が燃えてる!!!」と
伝えました。
母は慌てて走って家に向かいました。
私は乗ってきた自転車に乗って帰ろうとしたのですが、
母に伝えたことで緊張の糸が切れ、ぶるぶる震えて
とても自転車に乗れません。
そこに自転車を置き、母の後を追いかけて走りました。
母と私が家についた頃には家は火に包まれて、
母が一番最初にやじ馬で集まっていた人たちに言ったことは
家の中に鳥が何羽もいる!助けて!!
外につながれている犬も助けて!!
今、こうやって振り返ると、母は なによりも
命あるものを大切にしようとしたんですね・・・。
私は違う幼なじみのところに行かされました。
そこから見る光景は 我が家から空に向かう
火柱です。
なんともいえない気持ちで火柱を見つめていました。
私たちの家が焼けていくのです。
思い出と共に・・・。
母は半狂乱になって泣き叫びました。
私の家が燃えていく・・・・。
火事にあったのは 確か18時頃。
父は調理師の免許を取るために会社帰り、家から少し離れた
調理師の学校に通っていました。
何台も消防車が通るので、みんなで窓から燃えている様子を見て、
うちの側だと感じたと父が言っていたことまで私の記憶にあります。
父が燃えている最中に現場に来たのか、来てないのか・・・
今、私の記憶にありません。
我が家は現場検証で半焼であると判断がくだされましたが、
無事に残ったのは一室のみ。
そして、出火元の特定はできたものの、賠償できるだけの
能力がないということで、行政からの手助けはありません。
父がかけていた火災保険も半焼ということで
とるに足らない金額でした。
焼け残ったものは すべて焦げ臭い匂いがついていて
使い物になりません。
私の教科書、制服もすべて焼けました。
でも、あの当時、人の優しさ、思いやりが残っていた
時代です。
何日も家のない私たちを泊まらせてくれたお宅が
あります。
中学校では 教科書など、いらなくなった方から
寄付のお声かけをしていただきました。
制服は どうだったんだろう?
46年も生きていると、忘れちゃう部分も多いね(笑)
多分、町内会?からも、当面 大変だろうからと
寄付をいただきました。
でも、それが私たち家族の転機であったのも事実です。
父が奮起して、しばらくして家を買いました。
引越してからも色々と家族の問題は起きました。
その時は 家族が皆それぞれに生きることに
必死だったのだと感じます。
私は引越してから 何度も死にたい病にかかりました。
拒食症にもなりました。
でも、今、こうやって生きていれるのは 私と
結婚を決意してくれた夫のおかげであり、
息子の存在です。
もちろん、両親のおかげてもあります。
そして、タマラのおかげです。
愛する家族、愛してもらっている家族がいても、
私の死にたい病は 本当は ずっとずっと私の心の
奥底で大きく大きく広がっていました。
多分、死にたいは 生きたい!の裏返しだったと
思います。
生きること、あきらめないでください。
苦しいこともあるけれど、生きること、あきらめないで。
10/25(土)、タマラ・ヒーリングの創始者である
加藤憲子さんの「生き方講座」の講演会があります。
詳細が決定次第、日記でご紹介します。
テーマは「変わりたい人へ」です。
たくさんの方々に聞いていだきたたいと願っています。
自分が変わることにより、周りが変わります。
これは 私の実感です。
自分が変わることは とっても苦しいです。
私は 最初、相手が変わらないのに なんで
こんなに苦しい思いをして、自分が変わらなきゃいけないんだ?と
思いました。
それでも、師の言葉を信じました。
「あなたが変わることが家族の幸せに繋がる。」
私は、まだまだですが、それでも前の私より
幸せを感じる時間が多くなりました。
自分が変わらなければ 何も始まらないんですね。
ブログランキングに参加しています。
よかったらポチッと応援をお願いします。
モバイルには対応していません。
携帯からブログを見てくださる方、
いつもありがとうございます。

2008.10.02 Thu 19:06

